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二周目から見るゼーガペイン―遙かなる幸福への痛み―

雑記

AbemaTVで一挙放送していたので全部見てしまいました。

二周目、とは言っても以前に見てからそれなりに経つので結構忘れてることが多かったり。まあ本筋と重要な部分は覚えていたので問題ないでしょう。

折角なので感想とちょっとした考察をしてみたいと思います。もちろんネタバレありありでいきます。

 ゼーガペインは6話から?

ゼーガペインって、よく6話から面白くなるって言われますよね。理由は簡単。それまで謎だった世界の真実が、6話で語られるから。キョウたちが住む世界は仮想現実であり、キョウたち自身もまたデータ化された存在でしかない。荒廃した地球こそが現実であり、人類はとうの昔に絶滅していた……。

仮想世界であることは、察しのいい人なら6話までに気づいていたと思います。ですが、肉体でさえ既に存在しないと予測できた人は少なかったんじゃないでしょうか。恐らく元ネタの一つであろうマトリックスでも、人間の肉体は存在するのですから。

まあとにかく、ゼーガペインにとって6話がターニングポイントであるのは間違いないでしょう。ゼーガペインは6話から。しかし逆に言えば、5話までは面白く無いのだろうか? 我々は真相を確かめるため、AbemaTVへと向かった。

結論から言うと、うーん……どうなんでしょう。

例えば、一話分の物語をドラマパートとロボット(戦闘)パートに大別するとしますよね(もちろん実際には戦闘パートにもドラマは存在します)。後述しますが、ゼーガペインは基本的に(あくまで基本的に)ロボットバトルはあまり見応えがありません。そして5話までのドラマパートはというと、謎掛けばかりで見る方のフラストレーションは溜まるばかり。これでは序盤はつまらないと言われても無理からぬ話かもしれません(フラストレーションが溜まるからこそ、6話で真相を知った時のカタルシスを得られるわけですが)。ただ、個人的にはあくまで面白さは並程度だと思います。

では5話までは無駄かというと、もちろんそうではありません。あとで見返した時に、ああこれはこういうことだったんだな、と一番知ることが出来るもの5話までです。真相を知っているからこそわかることもある。一番わかりやすいのは最初も最初、先代のキョウが月面で自爆するシーンでしょうか。キョウが記憶と人格を失ったことがあることを示すだけでなく、実はこの時舞浜サーバーを月に移していたことがのちに語られましたね。

あと「今回は失敗したけどさ、この悔しさをバネにして次のゲーム、絶対にリベンジしてやろうぜ!」というぶち切れられて当然な超絶鬼畜なセリフを聞けるのも4話です。

以上のことから、5話まではむしろ二周目の人にこそ真価を発揮すると思います(決して一周目の人に意味が無いと言っているわけではない)。つまり二周見ろってことだよ!

コギト・エルゴ・スム

ゼーガペインでまず第一に語られるのは、やはり存在論でしょう。自分を規定するものとはなんなのか。

まず第一段階として、キョウはデータで出来た自分たちは果たして本物なのか、生きていると呼べるのか苦悩します。しかし確実に自分は痛みを感じることが出来る=生きていると考え、一旦この問題は解決します。これが有名な「我思う故に我あり《コギト・エルゴ・スム》」です。本編でも触れられていました。全てを疑えても、疑うことの出来る自分の存在は疑いようがない。

(ここでちょっと思うのは、キョウたちの住む仮想世界ってクオリアを再現出来ているんですよね。量子ってすごい。)

しかし第二段階で、世界は4月1日から8月31日をループしその間の記憶はリセットされることを知ります。ここでキョウは再び自己とそれを取り巻く世界に疑問を覚えます。成長のない世界で、どんな経験も全てリセットされる自分たちは、人間と呼べるのか。かつては自己存在の拠り所にした痛みも、意味が無いものと悟り殴られても心の痛みを感じなくなります。つまり確かに自分は間違いなく存在するが、その存在に意味は無いのでは?という疑問がキョウの中で出来上がるわけです。

「「本物」って、この「本物の世界」に生きてる人の事をいうんだよ」

「嘘だ! そんなのは嘘っぱちだ! 信じねえ! 絶対に認めねえ! 俺達が偽者だと? 俺達が幻だと? 肉体がないからか? 花に触れねえからか? ありえねえ! そんなこと、絶対にありえねえ! お前らなんかが本物であってたまるか!」

このことが「本物」への渇望となり、現実の肉体に復活することをキョウに改めて強く決意させるのでした。「俺は、世界の森羅万象(ありとあらゆるもの)と、ガチンコで触れ合いたかった」ということでしょう。

量子の揺らぎで出来ているものが、自己の揺らぎを感じるとは、ちょっと面白い。

ちなみに第一段階で痛みを感じる契機になるのはカワグチ、第二段階で痛みを感じなくなる契機もカワグチ。よく練られています。

 色即是空、空即是色

シマのオリジナルが語るこの言葉。それに対しキョウはこう返します。

「色即是空、この世に存在する色形あるものは全てつかの間。

空即是色、しかしついさっきまで存在したものが滅び去った瞬間またぞろ様々なものが生じてくる。」

森羅万象全てに通ずる言葉です。対してナーガはそれを否定し、永遠の世界での無限進化を目指したわけですが。

キョウのこの解釈はシマオリジナルの「今を生きる、ですか……ナーガとは違う答えだ」というセリフに集約されます。

ただ、この色即是空という言葉には別の解釈も出来ます。これは昔、私が個人サイトで見た解釈で、少し探してみたんですが該当のページは見つからず、勝手ながらここで紹介させていただきたいと思います。

色=光、光を持つ者=復元者は、しかし本質的には空=からっぽである(復元者たちはナーガの代行者ですから本当の意味での人間ではありません)。

対して空、即ち実体を持たない光なき者=セレブラントは、本質的には色=光を持つ人間である。

つまりゼーガペインの世界を端的に表現したのが、「色即是空、空即是色」、なのではないでしょうか。

ロボットバトル

ゼーガペインのCGは決して悪く無いと言えるでしょう。それほど背景と比べて浮いているとも思えません

CGによる戦闘シーンも結構動いています。……ええ、動いてはいるのですよ、縦とか横とかには。

具体的に言うとゼーガはよく動くのですがゼーガの腕や足はあまり動きません。殺陣や格闘があんまりないんですよね。なぜって倒す敵がコピペした雑魚ばかりだから。決着もビームか上腕二頭筋パンチ(命名俺)ばかり。見ていてあまり心躍りません。ガルダとフレスベルグもそれほどアルティールと差別化されているかというと微妙。あ、コアトリクエとマインディエは最高にイカしてます。

ただそこは魅力的なBGMでカバーされたりしています。ゼーガの光装甲もとても綺麗です。

良かった戦闘もたくさんあります。ホロボルトプレッシャー初お披露目や、サバト突入時のホロボルトグラビティ、舞浜サーバーでのマインディエとの死闘、舞浜シャイニングオーシャンパンチなどなど。

年上のお姉さん信仰?

 ゼーガペインを再び見て思ったのは、これまた最近見たラーゼフォンと似ているのでは、ということ。

紫東遙という存在って、シズノ先輩のあり方とよく似てません?

二人共、かつては主人公と恋人関係にありながら、主人公はそれを忘れてしまっている。そして人知れず傷つくところまで同じです。

一言で言えば悲劇のヒロイン。物語の秘密と密接に関係している存在。私はこれを世界観的ヒロインと呼びたいです(世界観が誤用なのはスルーで)。

ただ私がここで気になるのはそこではなく、彼女たちはどちらも年上である、ということです。

例えば「機動戦艦ナデシコ」のイネスさんも、最後の局面まで年上のお姉さんポジションで、上の二人に境遇がよく似ており、世界観的ヒロインと呼んで差し支えないと思います。

エヴァだって旧劇場版では綾波は既にヒロインレースを降りており、アスカはご存知の通り。最終的なヒロインはアスカかも知れませんが、あの映画のヒロインは間違いなくミサトさんでした。

年上の女性はアニメのクリエイターを惹きつける何かがあるのか、興味は尽きぬばかりです。

良かった話

特に良かったと思うのは、14話、16話、25話、26話です。

14話。シズノ先輩がリョーコの圧縮ファイルを見つけ、リトルグッバイのイントロが流れ、「生きています、リョーコさん!」の流れ。完璧。

16話。水泳部全員でのリレーからのリセット→リョーコの復活→新型兵器ホロボルトプレッシャーの初お披露目と、盛り沢山な回。よく一話に無理なく収めたものです。AbemaTVのコメントによれば、監督が絶対の自信を持っていた回らしく、それも納得の出来です。特にメドレー時に流れる↓のBGMでが良い。弦の音が心に沁みる。

www.nicovideo.jp

↑02:39~「消されるなこの思い」

25、26話。最終決戦。キョウのキスでリョーコが感情を取り戻す一連のシークエンスが素晴らしい。キョウの「舞浜の空は青いか?」もいいですね~。TDLに行くとわけもなく言いたくなります。殴りあうキョウとアビス、舞浜シャイニングオーシャンパンチ、「戦いの終着駅は……ここだぁあぁ!!!」、希望のあるラストと、見事な締め方でした。

キャラクターメモ

ソゴル・キョウ

デカルトから般若心経まで知る男。インテリ熱血バカという他に類を見ないキャラ。私が知るかぎりキョウと似たタイプは見たことが無いですね。俺の上腕二頭筋発言や舞浜シャイニングオーシャンパンチなど、独特の言語センスの持ち主。彼のおかげでゼーガペインはそれほど暗く感じなかった。

カミナギ・リョーコ

日常の象徴→守るべき存在→最高のパートナー→戦場でしか会えない恋人。我らが棒子。棒と言っても不快な棒じゃない。多分声に感情が乗ってるからでしょう。「なんでしなかったの、キースっ」とか「キョウちゃーーーん!」とか超かわいい。ファンの間では有名ですが、名前は「量子」から来ていると見て間違いないでしょう。

ミサキ・シズノ

可哀想な先輩。仕方がない事情があるとはいえ、ちょっとイジメられすぎて不憫に思える。シンが余計なこと言うから……。彼女こそ存在論に苦しめられるキャラですが、物語が始まる前にキョウに救われ解決しているんですねえ。

シマ

圧倒的に説明が足りてない。自身の正体はいいとしても、舞浜サーバーのことは教えても良かったんじゃ。浴衣のコウモリが伏線なんて分かるか!

アビス

最終話でキョウと殴りあうのはアツい。いつかアビスはシンと一緒にブログで紹介します。

シン

褐色×銀髪×赤目=可能性は∞。新なる者、真なる者、SINなる者、といったところでしょうか。

シマのオリジナル

ゼーガを開発しのもコイツ。積層QLを開発したのもコイツ。リザレクションシステムを開発したのもコイツ。加減しろバカ!ドラえもんだってもうちょっと自重するわ。まあ人類側は圧倒的に不利なので、そんなに気になりませんが。

河能亨

人類最後の日を映画に撮った男。劇場版に登場するらしいですが、どう関わってくるのか。

劇場版について

ADPはADAPTATIONの略らしいです。意味は「適応」。

改めて見て思ったのは、これを二時間にまとめるのは無理があるんじゃないですか?

同じように2クールを一つの劇場版にまとめたロボットアニメに、ラーゼフォンスタードライバー 輝きのタクトがあります。言っちゃあなんですがこの二つは無駄な話が多い。劇場版ではそこら辺をスポイルし、実によくまとめていました(誤解のなきように言っておくと、私はTV版も大好きです)。

対してゼーガペインは無駄な話がありません。聞いた話ではもともと4クールを圧縮したらしく、それ故か一話一話の内容は非常に濃いです。

これを総集編としてどう料理されるのか。加えて新キャラも出ることは決まってますし、大丈夫なのかなあ、というのが今の私の嘘偽りのない思いです。

ゼーガペインADP」には、そんな私の気持ちを杞憂だったと吹き飛ばして欲しいです。